👇【夫体験談 | 適応障害⑤】適応障害と診断された後の会社とのやり取り|休職延長と配属変更をお願いしたリアルな体験談

返事が来ない1週間、そして2週間
メール送信後の沈黙
上司に「事務部門での勤務を継続したい」とメールを送ってから1週間。
数日で返事が来ると思っていましたが
待てども待てども返事は来ませんでした。
「検討に時間がかかっているのかな」
そう自分に言い聞かせながら、さらに1週間待ちました。
それでも返事はなし。
もしかして、会社にとって都合の悪い話だから後回しにされているのではないか。
自分の存在自体が“扱いづらいもの”になっているんだろうな…
そんな不安が、頭の中をぐるぐる回りました。
進捗確認の連絡と返ってきた答え
勇気を出して進捗確認の連絡をしたところ、
返ってきたのは以前と変わらない内容でした。
「事務部門で勤務した後、最終的には営業職」
診断書には「営業に戻ると再発の可能性が高い」と明記されています。
それでも、最終的には営業に戻る前提の答えでした。
正直、かなり落ち込みました。
ただし、こんな一文もありました。
「主治医や産業医の意見をもとに会社が決めていくが、
復帰時に『今後、営業職は絶対にない』という約束はできないため、
このような回答になったことをご理解ください」
“絶対にないとは言えない”だけで、“必ず戻す”とも言っていない。
わずかですが、そこに小さな希望を感じた自分もいました。
心の中で続いた葛藤
また会社に行けなくなったらどうしよう
復職を考えたとき、一番怖かったのはこれです。
また会社に行けなくなったらどうしよう。
今度は本当に立ち直れなくなるのではないか。
さらに不安は広がります。
会社に行けないだけでなく、
普通に働くこと自体が難しくなったらどうしよう。
適応障害を経験すると、
「自分はもう元に戻れないのでは」と考えてしまいます。
このままずっと休職していたい気持ち
正直に言えば、
このままずっと休職していたい気持ちもありました。
仕事関係の重圧がない。
全ての時間が自由。
子どもたちと過ごす時間は、何よりも穏やかでした。
でも同時に思いました。
今の会社に戻るなら、これ以上期間をあけると、
ますます戻りづらくなるのではないか。
休職期間が長くなるほど、復帰のハードルは上がる。
それもまた事実でした。
復職を決めた理由
ゼロではない可能性に賭ける
営業に戻らず、事務部門勤務の可能性は限りなく低いだろう。
それでも、ゼロではない。
主治医や産業医の意見次第では、状況が変わるかもしれない。
その「かもしれない」に、もう一度だけ賭けてみようと思いました。
組織変革というわずかな期待
勤めている会社は
数年前に大きな組織変革をしたばかりでした。
もしかしたら、以前より仕事が楽になるかもしれない。
環境が少しでも改善していくかもしれない。
とは言え自分も社会人10年選手、
そうならない可能性の方が高いよな…
そもそも会社に期待してはいけないよな…
と考えつつも
それでも、可能性があるなら完全に閉ざす必要もないと思いました。
転職という選択肢の現実
休職中に転職活動をすることも頭をよぎりました。
しかし冷静に考えると、不安の方が大きかったのです。
転職したからといって、適応障害を再発しない保証はない。
むしろ今より過酷になる可能性もある。
休職中であることがどこかで伝わるかもしれない。
今の会社でまだ1年も働いていないため、語れる実績も少ない。
年収が下がる可能性も高い。
勢いで動くには、リスクが大きすぎました。
父親としての視点
そして何より大きかったのは、子どもたちの存在です。
仮に営業に戻され、再び体調を崩したとしても、
事務部門での期間は残業がなく、
子どもが小さく一番一緒に居たい今、
”一緒に過ごす時間を確保できた”
そう思える気がしました。
5歳と2歳。
この時期は、もう二度と戻ってきません。
最悪のケースを想定しても、
「家族との時間は守れた」と思える選択をしたい。
そう考えたとき、
私は一旦、元の職場に復職する決断をしました。
正解はまだわからない
復職はゴールではない
復職を決めたからといって、不安が消えたわけではありません。
むしろ不安は今もあります。
でも、休み続けることもまた一つのリスクでした。
だから私は、「完璧な正解」を探すのではなく、
「今の自分にとって納得できる選択」を選びました。
同じ状況のあなたへ
適応障害と向き合いながらの復職判断は、本当に難しいものです。
会社の事情
医師の意見
家族のこと
お金のこと
どれも無視できません。
だからこそ、誰かの正解ではなく、
自分が後から振り返って「これでよかった」と思える選択をしてほしい。
私はまだ途中です。
これが正解だったかどうかは、これから分かります。
それでも今、これだけは胸を張って言えます。
あの時の自分なりに”必死に考えて出した答えだった”と。


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