【夫体験談】自身が経験した「適応障害」の話

①仕事・転職

こんにちは。

30代、二児の父です。

5歳と2歳の子どもがいます。

今日は、正直かなり迷いましたが、

自分が経験した「適応障害」について書こうと思います。

この記事を読んだからといって、

悩みが一瞬で解決するわけでも、

明日から元気になれるわけでもないと思います。

でも、もし今しんどい気持ちでいる方が読んで、

「自分だけじゃないんだ」

そう思って、

ほんの少しでも心が軽くなったら。

それだけで、この文章を書いた意味があると思っています。

夫ねずみ
夫ねずみ

読んでくれたあなたの気持ちが、ほんの少し軽くなれば。


なぜこの記事を書こうと思ったのか

32歳の時に、人生で初めて「適応障害」と診断されました。

休職中、

気分が底まで落ちていた時期に、

ネットで他の方の「適応障害の体験談」を読みました。

正直に言うと、

「この記事を読んだから治った」

なんてことは、全くありません。

それでも、

「同じように苦しんだ人がいる」

「こんな状態になる人、他にもいるんだ」

そう思えた瞬間、

胸の重さが、ほんの少しだけ軽くなりました。

その「少し」が、

当時の自分には本当にありがたかった。

だから今度は、

自分の経験が、

今どこかで悩んでいる誰かの気持ちを、

1ミリでも軽くできたらいいな

そう思い、この記事を書くことにしました。


私の簡単なプロフィール

・33歳、男性

・2児の父(5歳・2歳)

・新卒でメーカー営業に入社

・31歳で人生初の転職

 (1社目:メーカー営業 → 2社目:商社営業)

1社目は、給料も良く、

大きな不満は少ない会社でした。

ただし「全国転勤あり」。

独身の頃は、

転勤も正直そこまで問題ではありませんでした。

でも、子どもが生まれてから、

価値観が変わりました。

「家族と一緒に暮らしたい」

「子どもの成長をちゃんと近くで見たい」

そう思い、

転勤なしの地元企業へUターン転職しました。

そして、転職から約10ヶ月後。

「適応障害」と診断されることになります。


適応障害と診断されるまで

転職後、配属されたのは商社の営業部署でした。

・IT業界特有のシビアな納期

・親会社から降りてくる高い目標

・事務員はおらず、事務作業もすべて営業が担当

正直、かなりハードでした。

それでも、

社会人10年目。

「何とかなるだろう」

そう思いながら、

必死に食らいついていました。


入社7ヶ月目の異動

問題が起きたのは、

入社して約10ヶ月が経った頃。

同じ営業部内ではあるものの、

入社して6ヶ月後、異動が決まりました。

「もう異動か〜」と思いつつも、

「決まったことは仕方ない」

「とりあえず頑張ろう」

そうやって、

無理やり気持ちを切り替えようとしていました。

しかし、

そこから一気に状況が悪化します。

・前の部署とやり方が全く違う

・前任者がかなり適当で、引き継ぎがほぼない

・再び一からの人間関係づくり

・明らかに終わらない仕事量

・愚痴を吐ける相手がいない

 (周りは年上ばかりで、同年代がほとんどいない)

少しずつ、

でも確実に、

心が削られていきました。


「まだ大丈夫」と思い込んでいた頃

それでも当時の自分は、

必死にポジティブに考えていました。

・「今はしんどいけど、2〜3年後には笑い話になる」

・「給料が減るわけでもないし、死ぬわけでもない」

・「昔は深夜まで働いたこともあったけど、何とかなった」

今思えば、

自分の限界を完全に無視していました。

ただ当時は、

限界なんて無い。

あっても超えられる。

本気でそう信じていました。


体と行動の変化

今思えば、サインだった

休職の1ヶ月ほど前から、

変化が出始めます。

・出社前に、知らない道や店をうろつく

・トイレで本を読み、出社を遅らせる

当時の自分は、

「気分転換」

「細く長く働くための戦略」

そう思っていました。

でも今思えば、

明らかに

会社に行くことから逃げ始めていたんですよね。


限界のサイン

休職3日前

PCの前で思考が止まり、

タイピングの手が何度も止まる。

休職前日

職場は15階建てビルの3階。

ビルに入った瞬間、

視界がグッと狭くなり、

頭がズシっと重くなりました。

うまく言えませんが、

「現実以上に、世界が狭くなった」

そんな感覚でした。

それでも、

「こんなこと、現実にあるんだな〜」

くらいに思い、

そのまま仕事を続けました。

昼過ぎから、

胃痛と吐き気が止まらず、

17時まで粘りましたが、早退しました。


休職当日

いつも通り出社するため、

バスに乗りました。

でも、

会社の3駅手前で途中下車しました。

理由は、うまく説明できません。

ただ、

もう「行けない」と、

体が拒否していました。

逃げるように、

ネットカフェの個室へ。

「少し休めば行けるかも」

そう思っていました。

しかし、

就業30分前になっても、

1ミリも動けない。

本当に、

動く気力が湧いてこない。

「もう無理だ」

「終わった」

そう思い、

上司にメールを書くことにしました。

20分かけて文章を打ち、

それまで自分を支えていた、

自信やプライドが一気に崩れました。

自分の中にあった、

重要な柱のようなものが、

ポキっと折れるのを感じました。

背中を丸め、

静かに泣きながら、

送信ボタンを押しました。

夫ねずみ
夫ねずみ

後に心療内科受診し「適応障害」の診断を受けたのは別の記事で。


最後に

この記事を読んでいるあなたが、

もし今、しんどい状況にいるなら。

「まだ大丈夫」

「自分は弱くない」

そう思って、

無理をしているなら。

それは、

強さではありません。

体や心が出すサインは、

無視し続けると、

ある日突然、限界を迎えます。

この記事が、

「少し休んでいいかも」

「誰かに相談してもいいかも」

「心療内科に行ってみても良いかも」

そう思うきっかけになれば嬉しいです。

あなたは一人じゃありません。

少なくとも、

ここに同じように躓いた人間がいます。

※休職時に上司へ送ったメール内容については、

別記事でまとめる予定です。(現在準備中)

また、本記事の続きも別記事でまとめる予定です。

*本記事は医療的な助言を目的としたものではなく、あくまでも個人の体験談です。

症状や対応には個人差があります。

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