👇【夫体験談 | 適応障害⑥】適応障害で休職後、復職を決めるまで|事務部門継続のお願いと会社の返事のリアル

4歳と1歳の子どもを育てながら働く中で、僕は適応障害になり休職しました。
そして、ようやく「復職しよう」と決めたあの日。
今回は、復職を決めた後の会社とのやり取り、
産業医面談、部長との面談について、正直な気持ちを綴ります。

これから復職を控えている方の参考になれば嬉しいです。
復職を決めて最初にしたこと
上司への連絡と産業医面談の決定
復職を決めた私は元々上司から来ていた
「体調はどうですか?〇月〇日(休職して2ヶ月)から復帰できそうですか?」
というメールに色んな思いが渦巻きながらも
「はい、できそうです」
と返信をしました。
連絡から1週間後、会社の産業医との面談が決まりました。
場所は職場。
それだけで心拍数が上がります。
職場に向かう足取りの重さ
会社は15階建てのビル。
幸い、休職前に働いていた階と産業医面談の階は別でした。
元同僚に会わなくて済む。
それだけで少し救われました。
それでも当日、ビルに向かう足は重い。
「途中で逃げ出すんじゃないか」と自分で自分を疑いながら、
イヤホンで音楽を流し、余計な思考を止めるようにして面談場所へ向かいました。
産業医面談で感じたこと
淡々と進む確認事項
面談は想像より淡々としていました。
主治医の診断書や必要書類を提出し、
「〇月〇日から復職で間違いないですね」
と確認される。
あまり感情的なやり取りはなく、事務的に進んでいきました。
正直、もっと踏み込まれるかと思っていたので少し拍子抜け。
でも、無事に終わった瞬間は本当にホッとしました。
「一歩だけだけど前に進んだ」
そう思えた瞬間でした。
その日の夕方に届いた連絡
部長との面談依頼
安心したのも束の間。
その日の夕方、上司から連絡がありました。
「部長が明日面談を希望しています」
正直、心がざわつきました。
部長が嫌いなわけではありません。
むしろ、多くの部下から慕われる良い部長です。
でも、期待してもらっていた中途採用の自分が、適応障害で休職。
営業に戻らず、事務部門を希望している。
その事実が、どうしても後ろめたかったのです。
それでも、復職には必要なプロセス。
逃げるわけにもいかず
「承知しました」と返信しました。
部長との二人きりの面談
復職後の配属の話
翌日、部長と二人きりの面談が始まりました。
「調子はどうだ?」
軽い雑談からスタートし、復職後の配属について説明を受けました。
営業には戻らず、事務部門へ。
事務部門での勤務期間は不明でしたが
自身の立場を考えた時にそんな質問など出来ず
ただただ言われたことに返事をしていました。
「事務部門も楽じゃないぞ」
話の最後に部長は言いました。
「事務部門も楽じゃないぞ!」
パワハラ的な言い方ではありません。
むしろ、心配、失望、期待が混ざった様な言い方でした。
でも、その一言で私は再び実感しました。
・落胆させてしまったこと
・積み上げかけていた信頼を失ったこと
分かってはいた。
でも、言葉にされると胸に刺さりました。
ただ、今の自分にはどうすることもできない。
営業に戻ればまた壊れてしまうかもしれない。
そう思うと、ただ「申し訳ない」という気持ちしかありませんでした。
復職前に感じた本音
期待に応えられなかった悔しさと申し訳なさ
適応障害で休職すると、どうしても「弱くなった自分」を感じます。
特に中途採用で期待されていた場合、
「裏切ってしまった」という感覚がつきまといます。
でも、あの時の自分には休む以外の選択肢はなかった。
そのまま突き進んでいたらおそらくもっと悪い結果になっていた。
今振り返っても、あれは必要な時間だったと思います。
復職はゴールではなくスタート
産業医面談、部長面談を経て思ったのは、
復職はゴールではない。
むしろ、ここからが本番。
・職場の反応はどうか
・自分はやっていけるのか
・再発しないか
不安は尽きません。
それでも、自分の心と家族を守るために自分が選んだ道。
この選択だけは、否定しないと決めました。
まとめ
適応障害からの復職は、手続き以上に「心の壁」との戦いです。
社内面談(産業医・上司・人事)は避けて通れません。
ですが、完璧な自分で戻る必要はありません。
大切なのは、自分の限界を認めつつ
着地点を自分で決めること。
そして、決めたあとは駒を進める(=行動する)こと。
次回は、復職後の職場のリアルな反応について書こうと思います。

これから復職を迎える方が、
少しでも安心してその日を迎えられる事を心から祈ってます。


コメント